【祇園祭・大船鉾】龍にまつわる大丸とのご縁・船鉾より大きいのか?

大船鉾の龍頭と大丸とのご縁


祇園祭・後祭の「大船鉾」は年替わりで船首の装飾が「大金幣」と「龍頭」と交互する。
これは鉾を保有する四条町が昔、北町と南町に分かれていて、年交代で鉾の船首を替えそれぞれが曳行していた歴史に由来する。

江戸・幕末の蛤御門の変の火災で大船鉾とともに焼失した「龍頭」は、東福寺駅から近い瀧尾神社の昇殿の天井にある龍の彫刻と同じ彫刻家 九山新太郎の手によるものだったらしく、創業の初代 下村彦右衛門以来、瀧尾神社に信仰があつかった大丸が仲介をされたようで、大丸は大船鉾の「寄り町(他所の町からの支援者)」だったそうである。

【公式】京都市指定有形文化財 瀧尾神社

平成の龍頭はこれにならって瀧尾神社の龍を模して新調され、近年は祇園祭の期間に大丸京都店のショーウィンドウには大船鉾の龍頭や瀧尾神社の龍の頭部分が飾られるのが恒例になっている。

2014年の本体復興以来、大船鉾は年ごとに懸装品の復元、新調、塗り、部品などを段階的に追加し、華やかなもとの姿に近づいていく、毎年飽きの来ない楽しみがある。

瀧尾神社の昇殿の天井に舞う「木彫り龍」も全長8mの圧巻の彫刻で、東福寺方面に行かれる機会があれば足を伸ばして見るだけの一見の価値あり。祇園祭期間は頭が大丸に貸し出されているので、その時期を避けて全身揃っている姿を是非見てほしい。

大船鉾は船鉾よりほんとに大きいのか

宵山の停泊中に大船鉾はもちろん、前祭の船鉾にも搭乗したことはあるけれど、”大”船鉾は船鉾より大きいのかは、同時に鉾建てされることはないし、体感ではよくわからない。

ただ船鉾の船首の「鷁(げき)」の彫刻に対して、大船鉾の龍頭や大金幣のサイズや重量を想像するとバランスをとるには大きくならざるを得ないような気がする。

調べてみたら、大船鉾の復元設計にたずさわられた方の話によると

大船鉾の軸組製作でも、船鉾の構造を踏襲することがワーキンググループで確認された。
船体の寸法決定では、四条町内に大切に守られてきた懸装品を上記の構造に当てはめた。
鉾の改修設計と同様、構造を化粧に合せる逆向きの作業を伴う。・・・・・・
全長は長くとも大船鉾の前懸後懸の幅は船鉾より狭い。
この点を根拠に、構造に無理のない範囲で細長のプロポーションを目指した。

(再生研理事 末川 協「大船鉾の復元設計」より)

やはり大船鉾は、船鉾より全長が長くて、そして船鉾よりスリムなのだそうだ。


大船鉾は復興時から菊水鉾から譲り受けて使っていた「たま(車輪のこと)」を新調し、現在は7尺(2.13m)の全山鉾で最大サイズになったので車高(船なので全高というべきか)も上がっている。

映画「鶴になる」地元・大阪 ミナミで一般上映

大阪のミナミの花街、南地に一軒残るお茶屋「たに川」で御披露目になった芸妓 千鶴さんの、見習い期間を追いかけたドキュメンタリー映画が、大阪・ミナミにある「シアターエミュ」で一般上映されることになった。

現在は千鶴さんは、上から二番目のお姉さん芸妓になり、依然として贔屓客やファンが多く、変わらず今後も注目の存在だ。

花街や芸妓・舞妓に関心があられるひとはもちろん、そうでないひとにも、広く世代を超えて鑑賞していただきたい作品になっている。

Theater Aimyou(シアターエミュ)@theateraimyou
【上映期間】2026年2月7日(土) ~ 2026年2月21日(土)
【上映料金】2,000円

https://theateraimyou.com/whats-on/#coming-soon

チケットの購入に関しては上映スケジュールが決まってから可能のようである
いまサイトにアクセスして購入ページが表示されない場合は後日アクセスしてほしい。

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映画「鶴になる」
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芸妓さんになりたい。

そう思った1ヶ月後、高校を辞め、京都へ。しかしすぐに世間はパンデミックに見舞われ、自身の体調も悪化。
夢を断念し、地元大阪で就職した。そんな彼女が再度、芸妓を目指すため「たに川」の門を叩く。
見習いから芸妓になるまでの知られざる道のりを描いた。

監督:島田拓空也
出演:千鶴・玉幸・いち鶴・まり鶴谷川恵花柳旭扇

公式Instagram:@tsuruninaru_0220

 

第3回 芸妓・舞妓の異分野アート交流展をふりかえって

アンケートにお気に入りの一票やご感想をくださいました方々、
こちらをご覧になられておられるかどうかも知るよしもなく、非礼で申し訳ございませんが、励みになります。
期間中ご来場くださいました皆さまありがとうございました。

ここからはホンネ。

飾っていただいた拙作は、はじめて手がけたデジタルツールによるイラストで、正直なところツールが使いこなせておらず、まだ不勉強なところはある。

今回は出品された他のかたの作品にもPhotoshopなどで写真を加工されたものやら、それを”CG”と語っているものがたくさんあった。
奇しくもというか、時代の趨勢ということやも知れぬ。

私は自分の絵が他のかたの作品にまさっているとは思わないし、そもそも絵は上手下手を論ずるものではないと思っているが、本業であるウェブ制作の仕事で、Photoshopなどを使うことは日常的で、これを使いこなして、デザインや成果物がクライアントのご要望に沿っているか、狂いなく精緻にできているかにこだわって、それで生活してきているので、今回の展示作品のそれらには、いかにもPhotoshopのエフェクトを使ってみただけかのような”素人くささ”が見て取れて、気になってしまうものがほとんどで、そもそも異文化アート交流という名のもとに、誰でも何でも出品できてしまう展覧会は、今年は私個人としては玉石混交な印象を強く感じてしまった。

ブレや不鮮明は手で描かれたものでは味があると受け取れても、デジタルツールを使った作品ではデジタルゆえにどうしても許容しがたい不快感になる。

今回の拙作について来場者のアンケートでは、アニメっぽくて好き、とか、おそらくは若い世代のかたの好意的なメッセージが寄せられたけれど、今後拙作のような作品は1、2年くらいのスピードでAIを使えば誰でも描いてしまえるレベルになる気もしていて、次回作の制作や出展は結構悩む。

それと、公募展や、個展や、誰とも作品の秀逸さを競わない自己満足なだけの「駄サイクル」から脱して、ブザマな結果でもよいのでコンクールに出してみたい気持ちもある。

大阪人の1月17日 (阪神大震災)

毎年1月17日は懺悔している

たぶんいまの50代以上の大阪人は震災体験のある同世代に対して何かしらコンプレックスをもっている

あの日確かに普通でない揺れを感じて目を覚ましたが
隣県とは恐ろしく対称的に、交通が寸断されたくらいで大阪はまったくかわらない日常だった

自転車で神崎川の橋を渡ってきた芦屋に住む叔父が別世界に来たかのようでパチンコ屋から音楽が流れてくる街に呆れかえってしまったと言っていた

至近距離なので倒壊した建物もたくさん目にする機会もあったし、
被災した親類縁者にも「大変でしたね」と同情してみても、
地震の映像や普段の小さな揺れにトラウマをおぼえる人の気持ちは真にはわからないし
結局幸せな側にいるがゆえに言ってるほうもどこか他人事のようになっている気がして
話題にするのもわかったふりするのも、失礼な気がして

あえてこれまでも兵庫県の人がいるところでは震災の話はこちらからは持ちかけてこなかった

震災を実感したのは発生から数ヶ月か半年か経ったあと神戸に行って
お気に入りだった、旧居留地にあったラルフローレンの店が入っていた建物がいくら探しても見つからなかったことだった

結構ショックだったけれど、そんな気持ちも失礼な他人事のようで
趣味の合う人たちにも、ひょっとしたら今日まで話したことがなかったかもしれない

「シーズ・レイン」という映画には震災前のラルフローレンが映り込んでいる
いまや震災前の神戸を懐かしむ映画の位置づけになってしまっているが、
原作の小説から好きな者としてみれば、おかげでストーリーはまったく注目されなくなってやるせない

その気持ちすらも失礼なのかと思い悩む

今は体験を風化させない意味や南海トラフの危機が迫ると言われるなか、
TVなどが積極的に神戸の震災を取り上げ、
震災を知らない、あんまり憶えてない世代が積極的に語るようになったけれど

このコンプレックスは解消することはない
防災グッズや対策をして来るその日に備えよう、というよりは
ホンマにそんな日が来ない幸せがみんなに誰にもつづくことを祈りたい

第2回 芸妓・舞妓の異分野アート交流展をふりかえって

開催前 – 準備

京都の芸舞妓や花街の写真で知られる溝縁ひろし先生の主宰で開催される、芸妓、舞妓をテーマにした芸術作品であれば、写真、絵画、造形などジャンルを問わず参加可能な展覧会で昨年に続いて2度目の開催である。
参加されている作家の方々はプロ・アマを問わず自由参加であるが、溝縁先生からお声がけをされた方、先生主宰の撮影会に参加された方、細々と発信された情報を何らかで知り得た方で、現状は広く公募されているというわけではない。

私はこの展覧会については第1回の開催の案内を新聞社系カルチャーセンターの事務局から、以前に参加していた舞妓をモデルにした写生会の参加者全員に送られた出品お誘いの案内状で知ったが、第1回については様子見するとして参加を見送っている。

第2回からの参加を決めたのは、SNSを介してリアルにも親しくさせていただくようになった絵画の作家さんたちが第1回に参加されていたこと、溝縁先生の知名度によるところ大でもあるが、ギャラリーが祇園町にあるという立地、基本的に芸妓、舞妓に関心のあるお客さんの来場が多くあるということで、昨年、神戸や大阪で作品出品をした機会の”場違い”感、いまひとつの感触の無さもあって、真に芸舞妓に関心のある方々の反応を感じてみたいと思ったのが理由だ。

参加意思の表明は昨年中に何度か溝縁先生の写真展などでそのたびにご本人に直接お会いして話す機会があり、その都度、意思をお伝えしていたので、正式に参加募集の案内状を頂き、メールで参加を確認した。

作品搬入・搬出については準備日と撤去日がともに平日で、仕事をしていて参加できないので、作品を梱包して会場へ配送し、撤去後にその箱を使って着払いで返送していただいた。

画材や額縁の専門店で額装してもらっていると、額が収まるダンボール箱を取得できるが、IKEAで買い求めた簡易で廉価な額のため、そういうものがなく、ダンボール箱をホームセンターに求めるが最も適当と思われるサイズも額に対してはまだかなり多くて、新聞紙をまるめて緩衝材を多めに入れたりしたが、宅配業者曰く、料金もそのせいで1つ高い金額になっているようだ。

作品について

昨年の神戸で出品した「姉妹の門出」をリメイク。

神戸出品の作品は、2021年に描いたもので、手掛けたときから(その出来はともかく) 京都の祇園の界隈で飾ってもらえることを夢見ていたので、ことし2024年になってすぐ描きはじめたもの。
これまではペンでフチどりして仕上げてきたが、あえてそれをしないでおいた。
下手なりの3年間の技術の進歩と、ペンのフチどりが無いことで、明暗や柔らかな感じや、脱・漫画な印象にできたように思う。

開催中

在廊については溝縁先生から日時の相談と指定をされたが、入り時刻は指定でも退出に関しては拘束がなかった。
先生と京都在住の出品者の方々が基本的に開場から閉場を網羅するようになさっていたように思われる。

芸妓・舞妓をテーマとした作品を展示する場所としては祇園町にある「ぎゃらりぃ西利」さんをしてこれ以上の場所は無い。
(あるとすれば、現実性はないが歌舞練場くらいしか考えられない。)
会場にいて、拙作も期待どおり来場の多くのお客さんにしっかり見ていただけている実感もあった。
遠方から足を運んでくださった方々にも本当に感謝したい。

開催以降思ったこと

条件が揃っていて、満足度の高い機会だった。
が、しかし、この展覧会に参加された方々の大半は、定年後の趣味として芸舞妓の写真を撮影するご高齢のアマチュアカメラマンの方々で展覧会は彼らの思い思い、趣味の作品の発表会になっているという現実がある。

そのこと自体を否定するものではないが、芸術絵画の作品は互いに並べられて競い合い、高めあっていくもので、ジャンルも違い、その方向性も違うものと共存することに、やはり違和感をおぼえないわけではない。
もちろん、描かれる作家さんによっては高みを望まない方もいらっしゃるかもしれないが、私個人としてはもの足りず、若い世代の人たちも交えて高めあえる機会であってほしい。

そういう意味で、今度は芸妓・舞妓をテーマとした絵画部門だけで、できればこの祇園町の界隈で合同展を行いたいものである。
ゆくゆくは個展ができればよいのだけれど。

映画「鶴になる」 – 大阪・南地で芸妓をめざす女性の一年を追う

2023年11月27日、大阪のミナミの花街、南地に1軒残るお茶屋「たに川」で御披露目になった芸妓 千鶴さんの、見習い期間を追いかけたドキュメンタリー映画の制作がすすんでいる。

千鶴さんはすでに見習いのときから贔屓客やファンを多く集め、南地の期待の新星として注目を寄せている人気ぶりだ。

映画は国内、海外映画祭に出品を予定し、2024年2月からのクラウドファンディングで上映をめざす。
ご関心あられる方みなさんのご協力と上映されるあかつきのご鑑賞を是非お願いします。

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映画「鶴になる」
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芸妓さんになりたい。

そう思った1ヶ月後、高校を辞め、京都へ。しかしすぐに世間はパンデミックに見舞われ、自身の体調も悪化。
夢を断念し、地元大阪で就職した。そんな彼女が再度、芸妓を目指すため「たに川」の門を叩く。
見習いから芸妓になるまでの知られざる道のりを描いた。

監督:島田拓空也
出演:千鶴玉幸いち鶴まり鶴谷川恵花柳旭扇

公式Instagram:@tsuruninaru_0220

 

 



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悲願のTHE GREAT KANSAI DERBY (関西対決 – 阪神vsオリックス)

阪神タイガースとオリックス・バファローズの関西のチームどうしの日本シリーズが実現した。
前回が1964年の阪神×南海で59年ぶりになる。

「関西シリーズ」とか「関西ダービー」とか「阪神なんば線シリーズ」とかいろんな名称で呼ばれる2023年の日本シリーズ。

阪神とオリックスでは「THE GREAT KANSAI DERBY」とすることに決めたようだ。

大阪環状線の、京セラドームの真反対になる界隈で過ごした子どもの頃は、パ・リーグに”在阪3球団”の南海ホークス、阪急ブレーブス、近鉄バファローズがあって、家から日生球場も大阪球場も近かったから、僕ら男児みんなの頭には阪神を含めたいずれかのチームの帽子があった。

前期後期にわけたリーグ戦でそれぞれ優勝を重ねていて、そのたびに系列の百貨店がセールをするので定例の祭のようになっていた。

セ・リーグとパ・リーグの垣根を越えて開催される春のオープン戦は僕らには公式戦より楽しかったかも知れない。
阪神ファンの僕には甲子園球場の公式戦では見ることのできないビジターユニフォームや三塁側での応援が楽しかった。

そして僕らの夢は阪神と在阪3球団それぞれとの日本シリーズ対決だった。

南海がパ・リーグで優勝を重ねていた頃は、讀賣巨人がV9時代で阪神はセ・リーグを勝ち抜けなかった。
阪急、近鉄の黄金時代は、セ・リーグは赤ヘルカープの黄金時代でまた阪神は勝ち抜けなかった。
阪神が1985年に優勝したときはパ・リーグは西武の黄金時代で、2003年と2014年はもう関西のチームではないホークスだった。

「在阪3球団」。

阪神ファンが道頓堀や大阪で騒ぐのを見て、兵庫県の球団なのにおかしいと憤慨される最近の若い世代の方々には理解し難いかもしれないが、本拠地球場は兵庫県にあっても、かつては阪神も阪急も球団本社が親会社の膝もとの大阪市内にあったので、「在阪」、本拠地は大阪と見なされるのが普通だった。
球場は大阪に本社のある鉄道会社の「沿線施設」で、みんなホームが大阪か兵庫かなどと考えることすらなかった。
「営業圏」という感覚が正しかったかもしれない。
だから個人的には「関西」と括るのも大きすぎる感じがしてちょっと違和感もある。

それは関西に限ったことではなく、球団が集中した首都圏でも同様で、本拠地を都道府県で強く意識するようになったのは、1994年に「ホーム」を強く意識した運営をするJリーグがスタートしてからである。

大阪市の東寄りに住む僕らは町工場か魚屋、八百屋、果物屋、菓子屋の子どもで、町工場といっても自宅の1階が仕事場で2階で生活していて、店をする家庭もそうだった。

バブル景気を迎えた頃には大手メーカーは下請け工場を海外に求め、町には大型のスーパーが出店が相次ぎ、僕らの家の商いは危うくなっていて、僕らは親から将来は家業は継がずに会社勤めするように口酸っぱく言われて育つ。

家業を継がないのなら実家にいる必要はないから就職し家庭をもつ頃にはみんなこの街からいなくなった。
工場だった家はなくなってマンションや住宅に変わり、商店街はシャッター通りになった。
奇しくも同じ頃、1988年に南海ホークスは買収され福岡に移転し、阪急ブレーブスはオリックスに買収され、その後神戸でオリックス・ブルーウェーブ になり、2004年に大阪近鉄バファローズを吸収合併、東北楽天ゴールデンイーグルスと分裂して、いまのオリックスバファローズになる。

もう会うこともない、街から出ていった”在阪3球団”のファンだった友だちはみんなそれぞれ、互いに夢見ていた”関西対決”の今年の日本シリーズをいったいいま何処でどんな思いで見ているだろう。

50年待った、とうとうかなった、本当に嬉しい。
阪神ファンなので、タイガースに是が非でも勝ってほしいけれど、いま格別に愉しい時間である。

できることなら、あの頃の小中の同級生たちと語り合って、それぞれを応援したいのだけれど。


追記。
記念乗車券買ってきた。
世が世なら阪神と阪急と近鉄3社がいっしょの記念乗車券。
なんかちょっとおもしろい。

(2023.11.01 改訂)

うちらにあいにきて 展をふりかえって

開催前 – 準備・制作

神戸の公募展が終わって2週間ほどたった頃、6月の公募展に出展を決めていたGallery IYNさんから、秋の「舞POP JAPAN展」のコの字ブース貸し切りの出展を持ちかけられた。

神戸での手応えの無さ過ぎに6月の公募展すら不安な気持ちであったが以前に下見をしたときに見かけた写真家さんの舞妓の写真の個展と併催に是非にとのお誘いで、6月の公募展はサイズに制限があるが、枚数もサイズも自由、造形物でもなんでも、ブースを埋めてくれればよいと言う。

そのとき、6月に出展する3枚は大阪・南地 たに川の芸妓姉妹の上の3人を描く予定で、下の2人の妹芸妓を描いてやれないことにちょっともやもやしていたから、埋め合わせというか回収できる機会が要ると思っていたので、6月のシリーズへの2枚追加と新たに5人姉妹全員を描き下ろして、これまで贈ってきた千社札のデータも残してあるのでこれも展示しようとその場でアイデアがふつふつと湧いてきたので、出展を承諾した。

6月同様に9月についてもたに川さんと芸妓たちに芸妓それぞれをモデルにした絵を描いて、その名前を書き添えることの快諾をいただいた。
僕の絵はそもそも似顔絵だったから、ブースを埋めるだけの枚数の絵は描きたい似顔絵でいきおい埋めてしまいたい、そういう気持ちだった。

デジタル出力する千社札集も含めて20枚の制作を目標にした。最悪描ききれない事態のときも3年毎月描きためた絵があったのでそれで埋め合わせすることもできる。気持ち的に余裕もあった。

2月と6月の公募展準備で紙に合わせた額装は手間もお金もかかるので、新たに描く絵は額の種類の多いA4サイズに決めた。IKEAで見つけた既製額も1枚200円以下で求めることができてクオリティも展示には申し分なかった。

半年以上の制作期間があり、途中にGWも盆休みもあったが、あとで描きなおしや枚数調整も必要だろうと思ったので描こうという前向きな気持ちがあるうちに一気に描いてしまおうと、作画に取り組むことにした。

というのも、南地の芸妓姉妹を描くことには、それは描く僕の自己都合でもあるが、制約があった。ソラから想像で描くこともできるが、今回は実際のありのままの姿を確認したうえで絵にしたいというものだった。

この時点で芸妓の1人が休養中でまだ復帰の見通しが無かったので、ご本人の承諾は得れてなかったが、引退をしたわけでもなく、姉妹のひとりの絵が欠けるのも不自然なので、構わず描きすすめる。ただ素材とする直近の彼女のイメージがない状態だ。

芸妓5姉妹の、下の2人の妹は上の子が2月に芸妓に成りたてで、まだ夏以降の衣装を着ていないので、上3人を夏衣装で描いてしまっているので夏まで下描きのままにし、

芸妓姉妹の一番下の妹はまだ「芸妓見習い」なので、秋の芸妓デビュー前の、芸妓衣装を纏う練習時期までは下描きもせず待つことにした。彼女のデビューが展示の頃に近いので、芸妓姿の絵でよろこんでもらえるのではないかと思ったし、単純に見に来る一般のお客様にとって芸妓姉妹の絵の展示に芸妓ではない姿の絵は不自然だと思ったからだ。

6月の公募展が開催される頃、思っているより順調なくらいで作品を描きためていた。

ところが想定外の事態がつづく。

6月の公募展の作品の搬入の頃、すでに描き上がっていた、休養中の子とは違う上の芸妓が急に退くことになり、9月にはその子をモデルにした絵の数枚は出せなくなる。

それらに代わる、あらたに(実働)3人になった姉妹をテーマにしたシリーズを描き始めたら、休養をしていた芸妓がまた急に復帰して、その彼女の絵も直近のイメージで描きなおしたくなってしまう。

もともと共通のシリーズで5人の絵を描きわけるテイで制作をしていたので、夏まで下描きにしていた絵を仕上げはじめると、半年近く前にすでに描き終わっている同じシリーズの絵とタッチや雰囲気に差が出てしまい、全部描きなおしたくもなるし、どう折り合いをつけるか悩む。

最後に見習いだった妹の芸妓衣装を纏う練習が、ご本人の体調不良などで開始が遅れてしまい、結局制作期限内に実際の芸妓姿を見ることができなくなり、僕としてはあくまで実際のご本人の姿を見た上でご本人のイメージから遠くないものを描く自己ルールを強いていたので、現在の見習いの姿を描くか、想像で彼女の芸妓姿を描くしかなくなったのは至極残念だった。致しかたない。

自分は1枚を描きあげるのにそれほど時間はかからないのであるが、それでも結構翻弄されてしまった。
ただいくつかイチから描きなおしや発案させられたことで偶然に良い絵が描けたという感触を得たものもあった。

作品搬入の直前に作品を撮ったデータなど展示内容の確認作業があったが、そのときにはじめて今回の僕の展示が「個展」の扱いになることがわかった。IYNさま側の説明不足なのか、説明を僕がよく聞いていなかったのかは定かではないが、ともかく自分の展示に名称をつけることと、キャッチになるイメージ画像を作ることになった。

この展示で描かれた芸妓たちも注目されることを願っていたのと、展示そのものを見てほしいという気持ちから、けっこうすんなり「うちらにあいにきて」というワードが浮かんできた。

IYNさんが僕が芸妓たちへの思い入れで描いてることを理解してくださっていたので、芸妓の所属する、お茶屋「たに川」さんと出向先になっているお茶屋バーの「箏の音」さんの宣伝をするこも、11月の芸妓たちが参加するの「難波をどり会(なんばおどりえ)」の案内も置くことも快諾してくださった。絵画展であまり前例のないことをお願いしたように思う。

会場設営については、設営イメージ図を提出してIYNさんにお任せであった。

作品について

舞踊シーンのシリーズ
催しなどで直に見た4人それぞれを描いている。衣装については基本そのときのものを忠実に描いている(つもりだ)が、ご本人が別の機会に召されていたものに置き換えている絵もある。顔は似顔絵に寄せている。

Popping!シリーズ
TWICEや韓国POPSアイドルのCDジャケットやグッズに施されるようなイメージを意識した各人の似顔絵。いままで、祇園町や各地の芸妓舞妓に贈ってきた、僕の描く代表的なパターン。
今回はご本人からうかがった趣味や好きなもの、個人のエピソードをモチーフにして飾っている。モチーフの題材はかなり踏み込んだ情報で描いたつもりなので本人や近しい人には楽しく見てもらえるはず。

名所シリーズ (B5額)
6月の公募展で展示したものに妹たちのものを追加。
6月の作品は大阪をテーマにした音楽のフレーズを作品名にしたが、今回は妹たちが個々に縁のあった場所を選んで描いている。まり鶴さんが住吉大社、千鶴さんが大阪城梅林。
まり鶴さんの住吉大社の絵は、夏まで下描きで置いていたものを仕上げにかかっていたが、その時点で僕の絵のタッチや表現の傾向がかなりかわっていたので納得できなくなって、急に降ってきたイメージで一気に新たに描いたもの。急に降ってきたので紙サイズを他の姉妹と間違えてしまったが、個人的には今回の一番の出来。(額装するときは他の姉妹と同じサイズの紙を裏に敷いている)

なにわ純血三姉妹
一人が退いて、一人が復帰未定の休養中で、残った芸妓三姉妹を激励するつもりで手掛けた2枚。

千社札総覧
実際に贈ったものそのものではなく、似顔絵は描きなれて安定した時期のものに差し替えていたり、贈られたご本人なら気づくであろう、意図的にちょっと違うデザインにしているものもあり。

四季の舞妓シリーズ
京都・祇園町の舞妓の春夏秋冬のイメージ。
月々描きためてきている、構図もソラで想像で描いているパターンの絵。

作品はこちらからご覧になれます

Gallery “うちらにあいにきて”

開催以降思ったこと

自分にような趣味で好き勝手描いてる絵の展示を入口すぐに、今回の全体展示の代表イメージを描いているかたの作品ブースト向かい合わせにしていただいく待遇には恐縮するしかない。

前回も来てくれた旧友や、昔の職場の懐かしい先輩方、
いつも芸妓たちといっしょの時間を愉しんでいる「箏の音」常連の方々の来訪、
同じく展示に参加されていた作家さんから、着物を正確に描いていることを褒めていただいたことは大変うれしかった。

その反面、6月に絵を見に来てくださった方々、来てほしかった人たちが来てくれなかったことは重く受け止める。もっと絵に精進が必要なことを痛感させてくれた。

和をテーマとした作品の多い展示で、他のかたの作品の着物や和装の描き方が気になってしまって、SNSでそのことをつぶやいたら、誹謗中傷にしか読めないようなアグレッシブなコメントを同じく参加している作家の方から書き込まれるなど、描く人たちの界隈との関わりの難しさも感じた。

描くことを生業として生きてきていないので、そういう自分が小さいなりに個展のようなものをしたことは、人生においてそれなりにサイズ感のある出来事であったように思う。
それゆえに、今回のことは自分のモノの考え方や価値観にもそれなりの影響がある。

次の絵の発表の機会を期待して応援してくださる声もあるし、今後は制作環境を整えて、作風や手法を変えたり違う表現で描いてみたい気持ちもあるけれど、自分のなかの深いところをちょっと整理してからどうするか考えたい。

『うちらにあいにきて』at 舞POP JAPAN展
2023年9月29日(金)~10月9日(月・祝)
Gallery IYN
https://www.gallery-iyn.com/post/shinchaya-collection

世のエンタメはオッサンのほうを向いている

楽しみにしていたとあるアニメ映画が公開になったので、早速映画館に行った。
僕は映画は基本一番後ろの真ん中近い席で見るのを常としているが

上映前に目の前に横に層になって並ぶ頭を見ていると、白髪交じりかハゲかデブばっかりなので笑ってしまった。
ほぼオッサンしかいないのだ。かくいう自分もその中にある。

(あと、個人的かもしれないが、とくに二次元もののヲタクに多い印象がある、多分本人は普通だと思ってたりか、自身は合理的理由があるのかも知れないけれど、およそ一般の人があきらかにしないようなものを持参したり、着ていたりする男とかもなんなのだろう。)

AKBグループや女性アイドルのイベントに足を運んだこともあるが、
こちらのほうはアイドル本人たちと同世代の「中高生」もいるにはいるが大多数が「中高年」である。

昨年、SNSで舞妓の就労の問題が話題になり、オッサンや年寄りが若い舞妓にイレアゲて気持ち悪いという意見を散見したが、

舞妓は昔からそうだけれど、いまのアニメやアイドルは、そもそもオッサン世代向けのコンテンツなのだ。
子どもが見るものなら深夜帯で新作アニメが始まるわけがない。

それぞれを継続的に楽しむためにはそれなりに懐に余裕がないと無理で、学生や若い世代にはハードルがある。
これらのコンテンツは明らかにカネに余裕のある者ほど良い思いをすることができる。

そういうふうになっている。
各業界側も当然にオッサン世代をターゲットにして商売をしているのである。

いまアニメやアイドルにイレアゲているオッサンたちには、草創期のアニメもアイドルも子ども時代にリアルタイムで楽しんでいて、アニメやアイドルの歴史を全部知っていたりする。
この世代のためにアニメやアイドルがあって、この世代とともに終焉するのやもしれない。

いま日常的にゲームにいそしんだりネット動画を楽しむ若い世代もひょっとしたら将来、さらに下の世代にそういうものを楽しんでるオッサン世代と言われるときが来るような気もする。

若い世代に気持ち悪いと言われようが、オッサン世代にはカネの無いやつのひがみにしか聞こえない。
気持ち悪いといってる若い人たちも、いずれ懐に余裕ができてくれば同じムジナになるだけの話である。
オッサンと同じものを追っかけているかはともかく。

Message展 出展をふりかえって

インスタグラムのDMにGallery IYNさんから出展のお誘いをいただいたのは1年前のことだった。

さかのぼること6年前、霊感が強いとやら言う写真家さんに、芸妓舞妓に描いて贈っているような似顔絵は手元に描きためれば将来は個展をしているだろうと、予言めいたことを言われたのをきっかけに、とくに目標も持たず似顔絵とはべつに月イチベースで舞妓の絵を描いていた。

それ以前にあるクリエーターのかたの呼びかけで、仕事の研鑽のために1日1枚付箋にデザインして50日つづけようという企画に賛同して、思いつくまま舞妓の絵を描いて、それをもとにLINEスタンプをつくったのだが、その50日、描いたものをインスタグラムにupしていたのを思い出して、

とりあえず描きためた絵を普段用とはべつにアカウントを立てて、少しづつインスタグラムにupしつづけていたのがGallery IYNさんの目にとまったようだ。

いつかもし個展を開くなどということがあるならば、題材が芸妓舞妓であるかぎり、必然場所は京都になるのだろうとしか思っていなかったので、大阪の中崎町のギャラリーさんからのお申し出であったので、
直感的に、今気をかけている大阪・南地 たに川の芸妓さんたちを描いて、大阪の人にこそ見てほしいという思いが沸き立ち、そもそも似顔絵だけをずっと描いてきたので、モデルにする芸妓さんたちに直接承諾をもらって、デザインした個々の千社札も絵に貼り付けて作品することにした。
結果として、彼女たちの周知に少しでも応援できたらと。

Message4 出展作品について

長姉の芸妓である玉幸さんについては過去に、今宮戎神社十日えびすの宝恵かごに極めて近い将来に乗せてもらえることの願いを込めて描いたものを

二番目の芸妓であるいち鶴さんは本人がミナミの芸妓として長く夢見ていた戎橋に立つ様子を

三番目の芸妓である美与鶴さんは意志の強い彼女なら法善寺の水掛け不動に願いではなく誓いをたてるだろうと想像して、そのさまを

それぞれ描いた。

また「似顔絵」であるかぎり、当のご本人が見てよろこんでくれそうなものを盛り込むようなこともしている。

出展作品制作中に新たにGallery Vieさんから秋にもっと点数の多い出展を依頼され、このシリーズに描けなかった妹芸妓さんたちをそのときに追加することを決めた。

額装

1月の神戸の出展の額装の費用と手間の経験と、Message展の出展条件で額を含むサイズがほぼB5レベルだったのでそのサイズの既製額を購入し、SMサイズで描いた絵の裏にB5の紙を貼って調整した。

開催に至って

会場の雰囲気については、Gallery IYNさんは学生や駆け出しの若いデジタルクリエイターの登竜門的な位置づけのようで神戸のときとは違う意味で僕の絵は浮いていたが、かえってアナログがゆえの温かみのようなものがあるとの感想もあって、それはそれでよかったのかもしれない。

開催期間中にいち鶴さんの誕生日イベントがあって、同席した南地芸妓のファンの方々の来場を仰いだり、連絡をとった昔の職場の同僚、1月の神戸の公募展からの描く方面のお友だちなどが見に来てくださってとてもありがたかった。

見てもらえること、言葉をいただくことはうれしいし、制作の励みになる。
9月はフロア内のコの字ブースを1つもらって作品を15-20枚をサイズ自由で埋めることになっているが、一段と気持ちが入る。

『 MESSAGE展4 』2023年6月9日(金)~18日(日)
Creation Cafe IYN ・Gallery IYN
https://www.gallery-iyn.com/post/message4