いま自分が毎日どうにかこうにかWordPressを操って仕事をし、生活ができているのは間違いなく、WordCampよりむしろWordBenchで出会った、デザイナーとプログラマの垣根のない、たくさんの人たちとの縁のおかげだと思っている。
はじめて大阪に参加して、神戸、京都にも足を伸ばして、自らが奈良を立ち上げるに至るときの僕の”WordBench”についての認識は、”地域のWordPress好きの関心を外さなければ基本何をしてもよい”というものだった。
事実、最初の頃の奈良は、いっしょに立ち上げをしたみんなとは飲み食いだけの忘年会にしてしまった回も、途中で誕生日サプライズをした回もあったし、実現はしなかったが、その先に夏休みの合宿の計画もしていた。
京都のWordBenchのオンラインでは京都のわぷーをつくる企画は途中で頓挫して、僕が描いた”舞妓ちゃん&わぷー”はたくさん”いいね”をいただいて独り勝ちの状態だったのに京都代表になれなくて残念だったけれど、著作権関係を調べる末にGPLの話で登壇させていただくまでに至り、楽しい時間を過ごせた。
WordCamp Kansai 2014は関西のWordBenchのユナイテッド的に召喚されて始まったのも懐かしい思い出だ。
その直後、WordBenchに”運営ポリシー”なるものの”遵守”が降ってきてからは、これに向き合って運営することに協力してくれるモデレーター仲間を新たに得て、奈良は体制が一新されたけれど、以来、近隣のWordBenchも飲食や遊興で親睦そのものを目的としたり、WordPressとは直接無関係で勉強会の体をなさないものは、べつにかまわなかったのだろうが、どこも催さない風潮になった。
奈良も参加する人が増えて聴講型の勉強会でなくては御せないくらいにはなっていたのも確かだが、なんとなくこれまでのようなわくわくもない、自由のない、ちょっと気が重い運営になった。
それぞれ異動は偶然だったかもしれないが、この時期にこれまで手本にさせていただいていた近隣各地のモデレーターの方々がたくさんリタイアされるきっかけにはなっていただろうと、同じ立場としてそう感じている。
運営ポリシーも、行動規範も、ルールは集団活動の自由と権利を守るものではあることは理解するが、本当に必要だったのだろうか。
果たして僕らはこのときも、今現在も、私利私欲や非常識を自浄できないくらいのレベルだったのだろうか。
ああ、そういえばあらぬ疑いもかけられて嫌な思いもした。
それから個人的にあまり運営は楽しめなくて積極的にもなれていないかもしれない。
そういうどこか気が重かったり、嫌な思いもするようになってしまったWordBenchをどうにか立て直したくて、結果無くしたほうがよいという話もわからなくもない。
でも迷いながら、拙いながら、やりくりしてやってきたこと、愚作のわぷーたちもちゃんと見てくださっている人もいることは涙がこぼれるし、僕よりももっと長く、もっと一生懸命に各地で頑張ってこられた人たちの足跡でもWordBenchはあると思う。
https://nskw-style.com/2018/wordpress/who-owns-wordbench.html
願わくばWordCampだけでなく、日本独自であってもよいから、全てのWordBenchの全ての登壇経験者、モデレーター、可能なら立ち上げや運営に寄与や協力してくれた人たちも貢献者として評価する仕組みを作ってあげてほしいものだ。
名前は残せなくても、その名のもとで大きくても小さくても関わった人の頑張りを讃えて残してあげたい。
奈良のWordBenchにとっても、個人的にもあらためて謝意を伝えたいひとはいっぱいいる。
さて、ところで、MeetUpに関して、奈良については単純に看板の掛け替えとは割り切れない思いがあり、それは今日の話題とは大きく逸れるので、また別の機会に記したい。