井筒屋さんの「夕子」というお菓子

京都のお土産の生八ツ橋に、井筒屋八ツ橋本舗さんの「夕子」という商品がある。
昔はTVCMも熱心にやっておられたので、中高年やそれ以上の方にその名前にはそれなりになじみもあるだろう。

扱いのある店の前を通るたびに”水上勉「五番町夕霧楼」に因む京銘菓”(箱書き)が目にとまり、気になりだして読んでみようと思った。
ところが、絶版しているのである。(現在も書店の扱いのある全集には収録はされている。)
そうなると、性分で余計に気になって探し出して読まないと気になって仕方がなくなって、Amazonから中古品で入手する。
(入手するまでに下調べをするに、三島由紀夫の「金閣寺」に対するアンサー作品とあるので、そちらも先に読んでしまう。)

案の定、遊郭の娼妓の物語であった。
五番町は京都市上京区にあった色街で、現在は住宅街となっているが、ポルノ映画をかける映画館が現役だったり、住宅の建物にも往時を偲ばせるものがいくつか目に留まる。

物語に関する詳しい話は置いておくが、井筒屋さんの「夕子」に添えられるしおりには”…その可憐で清楚な美しい女性の心を表現した京銘菓”とあるが、「五番町夕霧楼」の夕子は秘めた恋心をもっていたとはいえ娼妓であるし、井筒屋さんのネーミングセンスを理解するのは難しい。
四条大橋を渡って、「北座」にある本店には「五番町夕霧楼」が映画化したときのポスターも飾ってあるが、艶っぽくて完全に店の中で浮いている。
おそらく水上さんに公認をいただいて商品に命名をされた当時は、今より性的な描写に対してずっと寛容だったのだろう。
正直なところ、作品が絶版で書店では手に入らないのがいまはむしろ救いになっているような気がする。

ところが、お店の中にポスターを確認したその日に、井筒屋さんには餡入り生八ツ橋の元祖とされる「夕霧」というお菓子があることを知った。
南座の歌舞伎鑑賞のお土産として考案されたもので、二つ折りの編笠を模して、その模様の刻印もされた、手の込んだお菓子だ。

夕霧は歌舞伎の演目に登場する夕霧太夫に因んだもので、江戸時代に京都の島原で太夫となり、その後大阪・新町に妓楼とともに移り、当地でも名を馳せた実在した人物である。
太夫の死後、その愛人とを主人公とする作品が歌舞伎や浄瑠璃でかけられるようになったそうで、どこか水上勉の作品に通ずるものがあるような気がするし、「夕霧楼」や「夕子」の名前はこれに因んでいるのかもしれない。
そう考えると、井筒屋さんが「夕子」を作って売るのは腑に落ちるのである。